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「まち全体の収支」で考えるコンパクトシティ時代の公共交通 (2016年2月)
副主任研究員 吉村 謙一
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■コンパクトシティ形成に必要な交通インフラ整備

本格的な人口減少社会の到来を踏まえ、拡散した都市機能の集約とネットワーク化を図る「コンパクトシティ」形成の重要性が最近盛んに叫ばれている。とりわけ少子高齢化が全国を上回るペースで進行する奈良県においては、この課題にいち早く取り組む必要がある。

奈良県内のコンパクトシティ化関連の動きでは、2014年3月に生駒市が県内で初めて「環境モデル都市」(低炭素社会の実現に向け高い目標を掲げて先駆的な取り組みに挑戦する自治体のこと)に選定されたことが記憶に新しい。これまで全国23市区町村が選ばれているが、大都市近郊の住宅都市では全国初の選定だという。

具体的には、近鉄生駒駅と東生駒駅周辺を高齢者が歩いて移動できる利便性の高い「コンパクトシティゾーン」とし、郊外住宅地の既存住宅は大規模改修などで価値を高め若い世代の居住を促す。さらには可燃ごみなどを使うバイオマス発電や太陽光発電の導入で、資源循環・エネルギーの自給システム構築も目指すというものだ。生駒市によると「高齢者の移動の足確保など緊急の課題に対応しながら、全国のモデルとなるような施策を展開していく」とのことだが、こうした都市・地域構造形成の取り組みは県内のみならず全国的にさらに広まっていくべきだろう。

この生駒市の事例でも「移動」が一つのキーワードとなっているが、コンパクトシティの実現のためには交通インフラの整備が非常に重要である。具体的には基幹的な公共交通(主要路線バス網や次世代型路面電車"LRT"等の軌道系公共交通)について必要なサービス水準を確保し、中心市街地・集約拠点とその他の地域を連絡させる地域デザインを考える必要がある。


■公共交通活性化は「まち全体の収支」の観点で

日本では公共交通は直接の受益者である乗客のコスト負担によって維持されるべきだという考え方が根強い。そのため過疎地の民間バス路線等が経済的な問題で減便や廃止になるケースがこれまで多く見られた。しかし公共交通の恩恵は乗客のみが受けるわけではなく、移動可能性の提供という公共財としての特性や、交通渋滞等によりもたらされる社会的コストの軽減、公共交通が存在することによる地域経済全体への波及的効果といった公益があることも忘れてはならない。

日本に先行してモータリゼーションが進行した欧州諸国では公共交通の維持が早くから課題で、独立採算をベースとする日本とは異なり公的扶助を前提とした公共交通運営が広く見られる。例えばドイツでは連邦から州に対して大幅な権限と財源の委譲が行われ、総額1兆円を超える規模の財政援助が行われている。その財源を元に州は自らの裁量でLRT等の公共交通機関を低運賃で運行し、住民にも盛んに利用されている。

ドイツ・カールスルーエ(人口30万人)のLRTは、都心では分刻み、郊外でも10分に1本以上という高頻度運行と安価な運賃により中心市街地への人の流れを生み、地域経済の活性化に成功した先進事例として知られている。このLRTは単体事業としての収支は赤字だが、「まち全体の黒字化」を目指す観点では経済合理性があるという発想で手厚い公費を投入しているのだという。

こうした事例を踏まえわが国においても、コンパクトシティ形成や公共交通運営を含む地域デザインには、「まち全体の収支」という大きな観点と、選択と集中による思い切ったリソースの重点投入が必要なのではないだろうか。(吉村謙一)