一般財団法人 南都経済研究所地域経済に確かな情報を提供します
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主席研究員 丸尾 尚史
廃止という現状を追い風に変えて

例年3月はJR各社のダイヤ改正が行われる時期で、乗客の利便性を考慮して新路線・新駅の開業、列車の新設・増発などが行われる。一方で、老朽化や乗客の減少による列車、路線の廃止もこのタイミングが多い。そして廃止が公表されると、鉄道ファンを中心に多くの乗客が詰めかけるシーンがみられ、ラストランに予約が殺到したトワイライトエキスプレスやブルートレイン(寝台列車)は記憶に新しい。

今回の改正をみると、列車の廃止に大きなものはないが、路線では「三江線(さんこうせん)」(広島県三次(みよし)~島根県江津(ごうつ)間:営業キロ108.1km)が3月末をもって廃止される。ローカル線の廃止はこれまでからも進められてきたが、営業キロが100kmを超えるとなると「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」(旧JR池北(ちほく)線)が平成18年4月に廃止されて以来のことである。

1日の平均乗客数を示す「輸送密度」をみると、JR西日本管内では東海道線の大阪~神戸間が約39万人(2016年)でトップ。途中で乗り換える列車を含めて1日3往復運行される三江線の三次~江津間の輸送密度は83人である。1987年のピーク時には458人だったが次第に減少、豪雨被害のあった2013年は僅か44人に留まった。数字をみると廃止は無理もないことかもしれない。ところが、廃止が発表された昨年9月以降は例に漏れず乗客が増えた。11月には1列車に200人ほどが乗車した日もあって、車両を増設したもののあまりの混雑に遅延も発生。「乗客が減少して廃止を余儀なくされた路線に多くの人が押し寄せる」という何とも皮肉な結果となった。

鉄道ファンの私も、ローカル線に乗ることが多い。友人は「おまえが乗ると、その列車や路線が廃止されるから乗らないで欲しい」と冗談めかして話すが、それは、近い将来に廃止されると先読みして公表される前に乗るから。ただ、三江線は残念ながら乗車する機会がないまま終わってしまいそうだ。

三江線の地元では廃止で脚光を浴びたことを追い風に変えて今後の観光振興につなげようと躍起になっているという。何もなかった(何もないと思っていた)地域で新たな観光資源が見つかり、それを活用できることは有意義なこと。鉄道跡地を活用したサイクリングロードやトロッコ列車の運行、トンネルを活用した酒の開発などが検討されている。廃止が過疎化の進行を助長しないことを願いつつ、今後の成り行きに注目していきたい。

投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2018年3月
主席研究員 丸尾 尚史

「車内アナウンス」にみる顧客サービスについて

コンビニの発達や鉄道会社の経営合理化等により、有料特急であっても車内販売を行わない列車が増えている。ただ、その旨のアナウンスは、経験から言うと列車が発車した後に行われることが多い。のどが渇いてもお腹が空いても、我慢できる範囲ということだろう。では生理現象ならばどうだろう。路線や鉄道会社によっては、長距離を走る普通列車にトイレが備わっていない場合がある。都市近郊を走る列車だと運行本数も多いが、ローカル線では本数が少なく、いったん下車すると次の列車まで相当待ち時間がある。地元の人間なら「トイレなし」を知っており、また、旅慣れた者だと、前もってその有無を確認するのだが、「付いている」と思い込んで乗車してしまった場合は厄介だ。

実際に自身が乗った列車でも、発車した後にこういったアナウンスがあった。「今日もご利用ありがとうございます。(中略)なおこの列車にはトイレがありません。あらかじめご了承ください」と。要は、「トイレが付いていないことを前もって言っておきます」ということだが、動き出した車内で「トイレがない」と言われても簡単に了承できるものではない。「あらかじめ」とは「物事の始まる前に、ある事をしておくさま」のこと。発車前に知らされてこそ納得できるものであり、自分が乗客になった場合を想定してアナウンスして欲しいものだ(数年前の話なので、今は改善されているかもしれない)。

さらに数か月前、鉄道会社が企画する「列車と食事&入浴」がセットされた日帰り旅行での出来事。乗る列車(普通列車)が指定されていたのだが、始発方面の大雪の影響により乗車段階で既に遅れがあり、列車が進むにつれ遅れは増していった。そして「この列車は遅れのためB駅(当初の終点A駅より手前の駅)止まりとさせていただきます。あらかじめご了承ください」と突然アナウンスされ、運行が打ち切られた。

打ち切りにはそれなりの事情があるのだろうが、よくよく考えてみるとこの日帰り旅行を企画したのは当の鉄道会社。企画しておきながら列車を取りやめ、途中の駅で降りて後続の列車を待てとは何とも勝手な話。この時、列車が遅れたことを謝る車内アナウンスはあったが、取りやめに対する謝罪は一切なかった。雪による遅れだけでなく乗り換えた事が影響し、食事場所には大幅に遅れて到着。食事&入浴のエンド時間が決まっていたので、現地で使える時間が減ったが、企画した鉄道会社の配慮はなかった。

顧客サービスとは、本例のごとく「細かな配慮と顧客の側に立った提供が重要なポイント」と思いながら帰途についた。

投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2017年7月
主席研究員 丸尾 尚史

ひと工夫で、より楽しい旅行に!

最近、「青春18きっぷ」を手に旅行する中高年をよく見かける。時刻表を見ながら車内で次の列車との接続を調べる若い女性グループも増えてきた。「青春18きっぷ」は、そのネーミングが示すとおり、もともと若い世代に多く利用してほしいと学校が休みになる時期に合わせ売り出されたものだ。ただ事情が変わってきているようで、お得な切符の代表として今や多くの世代で利用されている。ただしこれ以外にもお得な切符があるので、私がよく利用するものを紹介したい。


●一筆書き乗車券(正式な名称ではない)

始点から終点まで路線を重複しない(一筆書き)で乗車する場合、距離に関係なく通しの切符が購入できる。距離が100kmを超える場合途中下車もできるため、一筆書き乗車により運賃が得になるケースがある。

京都から長野まで行く場合、(1)金沢経由(湖西線…北陸本線…北陸新幹線)の乗車券は7,340円、(2)名古屋経由(東海道新幹線…中央本線…篠ノ井線…信越本線)なら6,480円である。写真(京都市内⇒京都市内)は(1)と(2)を組み合わせ一筆書きで乗車したケースで、どちらの経路の往復よりも安くなる(特急料金は加味していない)。さらに、往復で異なる車窓の景色を眺めることができるという特典?も付く。


●往復割引

片道601km以上の距離を同一路線で往復した際に、行き帰りとも運賃(乗車券)が1割引となる制度。目的地が600kmに近ければ601km以上の駅を往復する切符を購入したほうが安くなる(図参照)。もちろん、目的地で途中下車、途中乗車することも可能だ。


●新幹線と在来線の乗継割引

新幹線と在来線特急を一定の条件のもとに乗り継いだ場合、在来線の特急・急行料金等が半額になる制度。なお、乗継割引が適用される駅は予め決まっている。

新大阪から金沢まで特急サンダーバードに乗車すると自由席特急券は2,380円。一方、京都まで新幹線に乗り、京都でサンダーバードに乗り換えると2,050円となり、330円得になる。

乗り放題切符など鉄道会社が独自に企画する切符を利用する人も多いが、自分で鉄道旅を企画し、その結果料金が節約できたり、格安で旅行が楽しめたりするならそれもまた一興。浮いたお金でその地方の名産品や駅弁などを購入すれば、旅行が一層楽しくなること間違いなしだ。



投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2016年6月
主席研究員 丸尾 尚史

プロ野球ファンとして思うこと

プロ野球では久しく「人気のセ、実力のパ」といわれているが、現実はどうなのか。

まずは、「人気」。そのバロメーターとなる入場者数の推移を日本野球機構のホームページから見てみよう。過去の1試合あたりの入場者数をセ・パ別にみると、1950年以降で最も多かったのは1992年セリーグの35,309人。この年のパリーグは24,400人で、セリーグとの差は1万人以上あった。ところが、この差は徐々に縮まり、ここ5年間は両者の差が5千人程度に縮小したことで、「人気のセ」の影は薄くなっている。

一方「実力」だが、今年のセ・パ交流戦はパの61勝44敗3分でパリーグの大勝となった。通算成績でも865勝774敗53分とセリーグを大きくリード。2010年には交流戦の上位6球団全てがパリーグのチームであったように、今年に限らずパリーグが強いことから、「実力のパ」は健在であるといえる。

パリーグが強い要因は多々あろうが、そのひとつが1975年に始まった指名打者制だ。指名打者制では、投手が打席に立たないためチームの攻撃力が上がる。そのため、投手はこれに対抗できる力が必要となる。投手力が向上すれば打者も力も付けないと打てなくなる。このようにして投手、打者の双方が互いに切磋琢磨したことがパリーグ全体の強さを作った。また、人気のセに対抗心を燃やし、それをバネに努力を重ねたと分析する人もいる。

元々、指名打者制は人気回復策のひとつとして始められたものだが、40年の歴史が結果的に投手と打者のレベルアップをもたらした。また、パリーグは予告先発もセリーグに先がけて実施、さらに、試合途中に花火を打ち上げるなど試合以外のイベントも行って積極的にファンサービスに努めてきたことも、人気を高めた要因であろう。

ところで、今年のセリーグは、交流戦での大きな負け越しに加えて、6球団の戦績が拮抗していることから、一時期、全チームが「借金生活」という異常事態となった。このままの調子だと、勝率5割を割りながらリーグ優勝となる可能性はなくはないが、さすがにこれはいただけない。ファンが求めるのは、高いレベルでの伯仲した戦いから生みだされる感動と満足感であるからだ。

パリーグは「実力」という自身の強みをさらに強化しながら、「人気」という弱みを克服した。今度はセリーグが「実力」を高める番だ。サッカー、テニスなど他のスポーツの勢いが増し、ファンが増えている昨今、プロ野球ファンとしては、人気があり実力も伴った両者、いわば「人気のセ・パ、実力のパ・セ」であってほしいと切に願う。



投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2015年8月
主席研究員 丸尾 尚史

北陸新幹線開業の効果は?

北陸新幹線(長野~金沢)が2015年3月14日に開業する予定で、これまでの東京~長野と合わせ東京~金沢が1本で繋がる。東京から富山までは最速2時間8分、金沢までは2時間28分で結び、首都圏から北陸地方への行程は、従来よりも1時間程度短縮され利便性が増す。そのうえ、新幹線は雪の影響を受けにくいという強みも持つ。

新幹線の開業は、移動時間の短縮や利便性の向上に伴い観光客やビジネス客などの交流人口の増加をもたらす。また、通勤・通学圏の拡大や出張スタイルも変化させる。大きな経済波及効果が期待できるが、開業による効果にはマイナス面もあり、さらに、効果の度合いは県によって微妙に違うと考えられる。そこで、富山県、石川県、福井県(北陸3県)の効果をそれぞれ予想した。

■富山県…首都圏からの利便性が増し、観光客の増加が見込まれる。逆に富山県民の首都圏への観光も増加すると思われる。さらに、航空機から鉄道への移動手段のシフトも起こると思われる。しかし、便利になりすぎて首都圏からの観光や出張が日帰りになって宿泊客が減少したり、ストロー現象(※)が生じたりする恐れもある。

一方、関西圏、中京圏からは、これまでは特急に乗ると乗り換えなしに富山や高岡まで行くことができたが、今後は金沢で北陸新幹線に乗り換える必要があり、若干不便になると思われる。
■石川県…首都圏からの人の流れは富山県と同じだが、関西圏、中京圏からの来訪については異なる。開業後も金沢まで直通の特急が走る予定で、金沢への利便性はこれまでとほとんど変わらない。一方、空港利用者のシフトは一定程度予想される。
■福井県…東京から鉄道利用の場合は、現状は東海道新幹線~在来線(北陸線)が最短ルートであり、北陸新幹線を利用し金沢で在来線に乗り換える新ルートと比べ大きな時間短縮はなく、今回のメリットは限定的である。今後、福井、敦賀まで延伸(2025年頃の予定)されればプラス効果も期待できると考える。


先行県では、新幹線開業による交流人口は概ね増加しており、北陸新幹線もプラスの効果が大きいと思われるが、マイナスの効果も軽視できない。また、翌2016年には東京~函館間が新幹線で結ばれる予定であり、首都圏からの人の動きが再び変化する懸念もある。

※ストロー現象…新幹線や高速道路などの交通網の整備によって、それまで地域の拠点となっていた小都市が経路上の大都市の経済圏に取り込まれ、ヒト・モノ・カネがより求心力のある大都市に吸い取られる現象。


資料:JR西日本HP(一部加工)
投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2014年10月
主席研究員 丸尾 尚史

「ななつ星in九州」は観光関連産業の新たなビジネスモデルとなるか!

JR九州が手掛けるクルーズトレイン「ななつ星in九州」が誕生し、2013年10月15日に運行を開始した。「ななつ星」は列車の旅なので、「豪華客船による観光旅行」とはやや趣を異にするが、贅沢な旅行という点では共通する。基本コンセプトは、「九州を巡りつつ特別な時間を過ごす」。まさに観光の醍醐味である「非日常性」の体験だ。これまでの予約状況は好調で、部屋数が14と少ないこともあって競争率はすこぶる高い。また、乗車後の評判も上々だと聞く。ただ、料金が高価(最廉価でも1泊2日で一人当たり約15万円)であり周遊地域も九州に限定されることから、もう一度乗りたいと思うかどうかは意見が分かれるところであろう。

周遊コースは、「3泊4日」と「1泊2日」の2つが設定され、1週間に1回ずつ運行する。そのため、すべての週に運行しても年間100回程度。1回の定員は30名だから、最大でも年間3,000人しか乗車できない。したがって、仮にリピーターがなかったとしても新規の乗客だけで、しばらくは超満員の状況が続くものと思われる。

そういった状況の中で注目したいのは、運行による採算性ではなく観光関連産業に与える波及効果だ。いわば列車を使ったクルージングは日本で初めての試み。30億円という総工費の額や車内の豪華さなどが大きな話題となった。食材に九州産のものを多く使用、有田焼の洗面鉢や薩摩焼の器など備品も地元にこだわる。また、行程には有名温泉地での宿泊が含まれており、列車自体が九州産品や観光地のPRに一役買っている。そのうえ、沿線で旗を振ってお客様を出迎える「ななつ星に旗を振ろう!」プロジェクトを展開し、地域住民も巻き込んだ「おもてなしの一大イベント」が実施されている。

JR九州は、鉄道ファンに限らず広く一般に関心を高めてもらうことで、観光客を九州へ誘引する仕掛けを施した。すなわち、「ななつ星」という観光資源を創り出し、その観光資源が動く広告塔となって、列車が向かう地域(観光地・温泉地)や地元九州の産品をPRする。また、各地の停車駅が、列車を一目見ようとする大勢の人で溢れたように、「乗車する」観光に留まらず、「ななつ星を外から見る」という新たなジャンルの観光も生み出した。

このように、観光資源を創出し、そこから従来の観光資源へと波及させていき、最終的には地域(九州)全体が潤うというストーリー(流れ)は、観光関連産業の新たなビジネスモデルとなりうるのかもしれない。


2013年11月9日
鳥栖駅にて撮影
投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2013年12月
主席研究員 丸尾 尚史

なぜ「ルール破り」は成し得たのか

東日本大震災が発生した当時、「いい意味でのルール破り」が行われた事例があった。それは、救援物資の輸送が困難を極めるなど混乱状態にあった現場で、ヤマト運輸のセールスドライバー有志が自発的に避難所への物資輸送を買って出たことだ(その後、会社はこの行為を追認した)。

企業人が組織のルールを守ることはいうまでもないことだが、顧客の側に立って考えた時に、いい意味でのルール破りが可能となる。ただし、それにはいくつかの条件が付く。ルールを破るということは、業務命令に対する重大な違反行為であるから、「十分な正当性」が必要である。つまり、破ることが利害関係者や地域社会にとって、有意義なものでなければならないということだ。次に、緊急事態であり、あくまでも特別な場合に限られるということである。

本件はこの条件は満たしていた。しかし、そういった状況下にあったとしても、社員はペナルティや解雇を覚悟してまでもルール破りをしたとは思えない。そうすると、社員にある程度の成算があったのでないかと考えられる。

では社員の成算はどこからくるのか。その答えは、ヤマト運輸の企業理念、経営方針等にみることができる。ヤマト運輸では社員を会社の財産である「人財」と捉え、数ある経営資源の中で「人」を最も重要視している。

そういった中、普段から企業内の風通しが良く、企業の方針が末端の社員まで浸透していること、企業をあげて人命の尊重を最優先し、常に安全の確保に努めていること、ある程度の権限移譲が今までからも行われていたこと、などが推測できよう。

一方で、社員は、十分なプロ意識を持っていることもわかる。緊急事態の中で「自分たちだからできる事」、「自分たちがやるべき事」をきっちりと把握していた。なぜなら、ヤマト運輸の社員は、機械的に荷物を運ぶのではなく、セールスなどさまざまな仕事をこなす社員(セールスドライバー)であり、その道のプロとして鍛えられているため、的確な状況判断が行えたからだ。そこには上司に対するパフォーマンスといった個人的な気持ちなど全くなく、プロとして本来すべき仕事をしたという事実しかない。言い換えると、自分の仕事に誇りと自信を持っていたからこそできた行動であり、そこに社員のレベルの高さを感じる。つまり、十分に高いレベルに達した社員や社員を持つ企業であったからこそ、ルール破りは成し得たのだといえる。

投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2012年12月
主席研究員 丸尾 尚史

「いいちこ」のライバルは自動車?

麦焼酎「いいちこ」を主力製品とする三和酒類株式会社(大分県宇佐市)は全国の焼酎・泡盛メーカー売上高ランキングで8年連続1位をキープしている。

元々、大分県で細々と飲んでいた愛飲者が「いいちこ」の良さをどんどん宣伝したことによって、首都圏、近畿圏をはじめ全国へクチコミで広まった。また、「下町のナポレオン」という奇抜なネーミングとデザイナーによる芸術的なポスター等による徹底したPR活動が功を奏し、これまで売上げを伸ばしてきた。最近はビリーバンバンや坂本冬美などを使ったCMでも有名だ。

このようにして、「いいちこ」は、今やナショナルブランドの地位を確立しているのだが、ではそのライバルは何と考えられるか。他社の麦焼酎だろうか、麦以外の焼酎だろうか、はたまた、ビール、日本酒など他のアルコール飲料だろうか…。

同社の社長は、以前、雑誌のインタビューで「焼酎のライバルは自動車産業だ」と語っている。なかなかユニークな発想だが、その理由はこうだ。自動車メーカーは車の性能そのものを高めていくと同時に、室内の快適性も高めることで、移動手段としての車から、「乗る」という行為自体を楽しむ車へと変化させている。 運転している時には、当然ながら焼酎(アルコール類)は飲めない。いきおい自動車メーカーと酒類のメーカーはトレードオフの関係になり、『消費者の時間』を奪い合っているのである。このように、自動車をライバルだと考え、「ドライブの楽しさ」と「酒を飲む楽しさ」の両者を比較するところに「いいちこ」の強みがみてとれるだろう。

ところで、焼酎(酒類)は、いくらよいネーミングをつけて、有名なデザイナーによるポスターを作成しても、また広告宣伝にお金をかけても、おいしくないものは、消費者に受け入れられないし、ヒット商品となることもないだろう。しかし一方で、よいもの、おいしいものはブームなどの特需がなくても着実に売れる。その意味からも、「いいちこ」の人気は、「小手先のアイデアだけでは長続きしないが、本物はいつまでも売れ続ける」ということを如実に表しており、製造業における「ものづくりの原点」はクォリティの高さにあるということを示唆している。

投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2012年5月
主席研究員 丸尾 尚史
「モノ的発想」から「コト的発想」へ

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎・勝見明著;日経BP社)という本に、「『モノ的発想』から『コト的発想』へ転換する」というくだりがあり、商業施設として成功した「エキュート」が事例として紹介されている。「エキュート」とはJR東日本が運営するエキナカの商業施設のことで、そのコンセプトは「通過する駅」から「人々が集う駅」への転換、つまり、「モノ」としての駅を、「買い物をするコト」、「食事をとるコト」、「時間を過ごすコト」といった「コト」的な場へと転換させることだった。

もともと「駅」とは鉄道の乗り降りの場所であるから、その役割は「モノ」だけで十分だった。エキナカの商業施設は、「あれば便利」、「あるに越したことはない」というレベル、いわばトッピングやオプション的存在だった。したがって、駅自体が存在しなければ大きな問題だが、駅に商業施設がなくても、顧客(乗降客)は不満の感情を抱かない。今まではこれでよかった。

しかしながら、現在のような成熟化した社会のなかでは、「モノ」の魅力自体は低下し、消費者の「モノ」離れが進行している。また、商品やサービスにおける「モノ」はコモディティ化(機能や品質に差がなくなること)されており、企業側は「モノ」で差別化を図ることが難しい状況になっている。

そういった状況であるから、世の中の勝負はどれだけの付加価値を付けて「モノ」を「コト」に変えていくことができるか、言い換えると、主役は「コト的発想」に移っているということだ。

ところが、「モノ → コト」はそう容易くはない。組織の中で「モノ」を「コト」に変えていくためには大きな変革が必要である。そのためには、関わる人に強いリーダーシップや柔軟な発想、そして粘り強い精神力などのスキルが要求される。反対意見も予想され、それに対抗するための確たる根拠もいる。一方、経営層も前例主義にとらわれず、ゴーサインを出す度量が必要となってくるだろう。

「エキュート」は今の時代の中で生まれるべくして生まれたが、成功の影に相当の苦労があったことは想像に難くない。「言うは易し、行うは難し」で、簡単にはいかないのが世の常である。

投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2011年8月
主席研究員 丸尾 尚史
地元への愛着度向上に期待!!

全国の愛着度とおすすめ度を調べたじゃらんリサーチセンターの「ご当地調査」をみると、奈良県民の愛着度、おすすめ度は、残念ながら下位という結果だった。全国順位は、「地元に愛着を感じるか」が34位、「地元のおすすめ度」が40位といずれも低く、近畿2府4県のなかでは京都府が愛着度(3位)、おすすめ度(9位)ともに上位に位置した。

低い要因はいろいろ考えられようが、奈良県の県外就業率が全国で最も高いこともそのひとつといえるだろう。他府県に通勤する会社員等は、朝から勤務地に向かい、帰宅は夜になる。平日は就寝を除く多くの時間を他府県で過ごしているわけで、休日でも他府県へ買い物に出向く場合もある。同じ事は、他府県へ通学する学生にもいえる。そうすると、必然的に家庭で奈良県の話をすることが少なく、関心度は薄くなる。薄れるから後日話題に上ることもあまりない。いわば負のスパイラルができあがっているのかもしれない。

さて、平城遷都1300年祭はメイン会場のイベントが11月7日で終わり、年末で全てが終了する。平城遷都1300年祭は、来場者を中心に多くの人に感動と満足を与え、とりわけ地元の人々にとって大きなインパクトをもたらした。来場者の3割(平城遷都1300年事業協会発表の8月11日付け中間まとめ)を超える奈良県民のうち、地元の良さや観光資源の凄さを再発見・再認識した人も少なくないだろう。また、平城宮跡会場では、会期中、イベントの運営、観光ガイド、場内整理などで多くのボランティアが活躍した。自分自身はボランティアをしていなくても、他府県からの友人を連れて平城宮跡を訪れたり、知り合いがボランティアをしていたりという人も多い。奈良県を訪れたお客様をもてなすという面で、奈良県に住む人々の意識を地元に向ける良いきっかけになったのではないかと思える。

お客様をもてなすとともに、他府県で働いたり、学んだりしている人たちが、その職場や学校で、「奈良県にはこんな見どころがある」とか、「奈良県で素敵なイベントがある」と話すことも、地元の良さや素晴らしさを伝えるには、良い方法であろう。平城遷都1300年祭で芽生えた愛着を、奈良県民ひとりひとりがさらに深く感じられるような今後に期待したい。

投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2010年12月
主席研究員 丸尾 尚史
効率性、経済性の追求がすべてか?

昨年の3月20日、阪神なんば線が開通し、奈良、三宮間に直通列車が走った。開業を控えた当時、世間では「阪神なんば線開通による経済効果は…」と話題になっていたが、実際に開通してみると、利便性が増し、通勤・通学が便利になって、奈良、兵庫両県民の行動範囲も広まった。観光客も増加し、プラスの効果が多かったとみるのが大筋だ。

奇しくも1年後の同じ日、2010年3月20日、今度は京都と大阪を結ぶ第二京阪道路が全線開通した。開通によって、京都~大阪間の所要時間が3分の1に短縮されるとともに、近畿自動車道とも繋がったことで、関空や和歌山方面から京都へのアクセスがずいぶん良くなった。京都へ関空からリムジンバスを走らせ、外国人観光客を取り込む計画もあると聞いた。和歌山~大阪~京都~滋賀~三重という交通インフラの確立で、物流面でもプラス。経済効果は広く近畿に波及するという期待もある。

利便性がより高まること、快適になることは大変結構なことで、特に異論はない。だが、効率性、経済性を求める陰で失われていく大切なものの存在を見逃してはいけない。

最近、昭和の代表作がひとつまたひとつと消えていく話題に憂いを感じている。例えば、寝台特急の廃止。列車の老朽化、運行上の理由などの問題が指摘されているが、何と言っても「乗客の減少」が最大の原因であろう。寝台列車の魅力は、同じ車両に偶然乗り合わせた人たちとの一夜限りのコミュニケーションだった。カーテンで仕切られただけの寝台で、就寝前に話す何気ない会話が楽しかった。

もうひとつ、白熱電球の生産中止も話題になった。中止は国の方針によるもので、寿命や消費電力、環境問題等を考慮すれば電球はいずれLEDに替わっていくだろうが、白熱電球には「あたたかみ」という良さがあった。その昔、屋台の赤提灯で白熱電球(裸電球)がゆらゆらと揺れるなかで、上司・先輩と酒を酌み交わすことで得た事柄も多かった。

これらは、今の時代にそぐわないと言ってしまえばそれまでだが、いわゆる「昭和のにおい」もまんざら捨てたものではないと思う。デジタル全盛期の時代にちょっとしたアナログに安らぎを感じるのは年齢のせいかもしれない。しかし、時には効率性、経済性の追求に逆らった考え方や行動をすることが、人間を一回り大きくさせるようにも思えるのだが…。

投稿者:主席研究員 丸尾 尚史|投稿日:2010年4月