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「内部留保」は誰のもの?(2016年3月)
上席主任研究員 橋本 公秀
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■企業の内部留保が354兆円

テレビのニュース等で「今すぐ内部留保を取り崩して、賃上げを実施すべき」「設備投資をしないのは重大な経営判断の誤りだ」と報道されているのを時々耳にする。企業の内部留保が354兆円(2015年3月末)と聞けば、最もだと思われる。しかし、本当に内部留保を取り崩せば、賃上げできるのだろうか?


■内部留保=現金・預金ではない

内部留保は企業が経済活動を通して獲得した利益のうち、企業内部に留保され蓄積された部分のことであるから、あたかも現金をため込んでいるというイメージが強い。だからそれを取り崩せば「給料を増やすことができる」「設備投資ももっと積極的にできる」と思われているが、内部留保は、会社の金庫にすべて現金・預金としてストックされているわけではない。

確かに2015年3月末の企業の現金・預金残高は225兆円(日銀の資金循環統計)と過去最高を更新したのも事実である。

しかし、これは過去20年間続いたデフレ経済の影響から、企業が財務の健全性を高めるために資金循環を考慮した効率経営すなわち本業から多くのキャッシュを生み出すキャッシュフロー経営に取組んできた成果である。また企業の利益は再投資されて既に設備や在庫になっているケースが多い。内部留保が多いと企業は余剰資金すなわち現金・預金を多く持っていると思われがちだがそれは間違いである。さらに利益は株主のものだから、そもそも他人がとやかく言えるものではない。


■内部留保は株主のもの

決算書を見てみよう。現金・預金は決算書の貸借対照表の資産の部に計上される。また過去の利益は、決算書の純資産の部に蓄積され利益剰余金等となる。一般的に内部留保はここを指している。

図1

利益は株主の取り分であり、本来は配当金で株主に支払うのがスジである。しかし株主は会社が利益を再投資したほうがさらに成長を期待できると判断すれば、小出しでの配当の受取りを控える。そのため配当として社外に出さず、利益を溜めておくことから内部留保と呼ばれる。

企業からみると実質的には既存の株主から資金調達した状態と同じことになる。先ほど「内部留保は株主のものだから給料に使えない」と指摘したのはこういう仕組みのためである。

さらに内部留保は正式な会計用語ではなく、決算書の中には内部留保という勘定科目は載っていない。

内部留保はファイナンス理論でよく使われる用語で、その定義は「必要があればいつでも資金調達ができることを前提としているが、基本的に余剰資金は内部留保すべきではなく株主に還元すべき」としている。ここでも「内部留保を取り崩して給料に使う」という考え方はない。

繰り返すが内部留保はあくまでも株主のものである。(橋本公秀)