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もうはまだなり、まだはもうなり
課長 主任研究員 大橋 徹
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■江戸時代から伝わる先人の知恵

市場にまつわる格言には、売買のタイミングと市場の動きとの行き違いを表現するものが多い。なかでも「もうはまだなり、まだはもうなり」という格言は、江戸時代に書かれた2つの書物が起源とされ、今でもよく口にされる言葉である。

1つめの書物は、猛虎軒氏による『八木(はちぼく)虎之巻』である。原文は「もうはまだなり、まだはもうなりということあり。この心はたとえば、もう底にて上がるべきと進み候ときは、まだなりという心をいま一応ひかえみるべし。まだ底ならず下がるべきと思うとき、もうの心を考うべし。必ず、まだの心あるときより上がるものなり」。

(現代語訳:価格がもう下がりきって底をついたと思った時は、まだ下がるのではないかと考えなさい。まだ底をついておらず、さらに下がると思った時は、もう底をついているから上がるのではないかと考えなさい)

2つめの書物は、本間宗久氏による『宗(そう)久(きゅう)翁(おう)秘録』である。原文は「もうはまだなり、まだはもうなりということあり。ただし、数日もはや時分と思い取りかかり(仕掛ける)たるに、見計い悪しければ間違いになるなり。まだまだと見合わせ居るうちに遅るることあり」。

(現代語訳:もういい頃合いだと思って仕掛けると損をすることがある。まだまだと待っていると仕掛けが遅れてしまう)

■予想と現実との行き違い

2020年3月、新型コロナウイルス感染症による影響が長期化するという懸念が高まり、株価は大きく下落した。市場は「まだまだ下落が続く」と悲観ムードに包まれていたが、その後、株式市場は底入れした。そのような状況のなかで保有銘柄を売却し、将来の収益獲得の機会を逸した投資家も多かったであろう。株価の底や天井を判断することは簡単ではなく(ほぼ不可能だと思われる)、市場のわずかな変化に対して、突発的な判断で行動することは非常に危険である。株価が下落を続けても再び上昇トレンドに転じれば、「まだ下がる」は「もう上がる」であったということ。このように「まだ下がるだろう」と思った時に上がったり、また「もう下がらないだろう」と思った時にさらに下がったりするようなことがあるが、そもそもそれらの予想は正しかったのだろうか。

■この格言の教訓

この格言は、市場の動きには「絶対」というものがなく、「もう」と「まだ」を用いて自分自身に問いかけ、「“もう”~するだろう」と思った時は「“まだ”~しないのではないか」、「“まだ”~するだろう」と思った時は「“もう”~しないのではないか」など、1度立ち止まって冷静に考えることの重要性を説いている。

また、この格言は、値動きのあるものに相対する状況だけでなく、将来の予測に基づいた判断や行動を求められるような、世の中の様々な場面においても役立つのではないだろうか。現状の把握と将来の予測に関する分析は十分か、分析に基づく自分の判断は間違っているのではないか、自分の判断の正反対が正解なのではないか、などと疑う客観的な視点が求められているように思う。

物事がうまく進んでいる時ほど強気で前向きな心理が働きやすく、目の前の状況を冷静に受け入れることができなくなってしまうこともある。過度な自信を持つことは控えて、自己の判断と正反対の動きをするかもしれない可能性を常に探っておくことが大切である。